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死ねる高さにいること

要はそういうことなので帰ってからベッドに付しています。脚の虚脱感(迫真)

 

 

最近早朝覚醒が多い。寝るのが早いのもあるかもしれないが、老人顔負けの早朝覚醒&動悸。動悸動悸動悸ドキ!(死亡)(すればいいのに〜)日本では早朝徘徊もしてましたが、ハワイだと憚られるためせいぜい近所のコンビニに行ってコーヒーをゲットするくらいです。夜中の空が朝焼けがかっていくのを見つつ窓から首を伸ばして色々チェックしてみました。窓を開けて真下には店のサンルーフらしきものがあるため、これは避けた方が無難だろう。窓は一枚のみ開くようになっているので、落下点を確実にコンクリートに定めるには窓の縁を歩く必要がある。…そうすれば死ねるのでは?椰子の木に引っかかりはしないだろう。最たる問題点は車だが、落下までを3秒とすればタイミングを見計らえばいい話で、そのためにはある程度の明るさが必要。夕方は車の通りも人通りもそれなりにある。以上のことから、明け方がベストだと私は考える。…とまぁ今日ここまで考えて、同じようなことを初日にも確認しておいたのを思い出した。死はいつも隣に。死ねる高さにいることは強迫観念を誘発する。死ねばいいじゃん?なんでできない?死ねば全部解決じゃん。これを17,8歳からやってきた。ただ、当時は実家が戸建てのためバスに乗るか自転車爆走で目的地まで出向く必要があった。今はそれもないし、前のコンドミニアムとは違い窓が開く。ガラスを割ってから死ねませんでした、もない。しかし死ねなかったら?未遂だったら?もうハワイにはいられない。自殺未遂ならやってきた。ちょうど最後に首を吊ってから1年程経つ。遺書を書く人間は死ねない。用意周到な人間もなかなか死まで至らない。絶望だけでは死に至らない。勢い、瞬発力、衝動性が重要だからだ。

いくら楽しくとも幸福の片鱗を感じ取ろうとも死んだ方が良いに決まってる。これが真理だと思ってるんですよね…。何事も死という救済の前では無力だと…

しかしながら、私は自殺できないだろう。諦めたからハワイに来ることを決めた。死ねる死ねるいつか死ねるで死ねなかったので。だから私はこの方向性でいく。死ねない私は生きていくしかない。生きていくにはこのまま決めた通りに、潰れないように分析しながら、焦燥感に騙されず、不安を煽る人間を排斥しつつ、いくしかない。死ねないだろうから。まぁそう思っていた方が案外、意外にあっさり死ねるかもしれないし…。

 

 

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今日は海を見たりしました。熱帯魚オブ熱帯魚がいた。ここ、以前観光で訪れた際には賑わっていたが現在では”ゴーストタウン化”している。小学生の頃はこの周辺でマグネットを買ったり写真の押し売りにあったりしたんですがね。やはりハワイの主要産業は観光なんですね…駄目だ鬱になる。私にとって地雷なのは「で?いつまでいるわけ?」みたいな質問。この方やはり1セッションのみ滞在ですね。ただ、1月にまたハワイに来ると言って頂いたのでそれは救いかもしれない。洗濯ネット持ってくれる人とかそういないのでは?知らないけど。 

チアフルな記憶が薄れるのがさすがに堪えるのでできるだけ自分の脳内漁っていきます